NNormalの店舗

Stories / June 2025

常陸国ロングトレイルの風景

「キリアン・ジョルネ・ファウンデーション(KJF)」が常陸国ロングトレイルのプロジェクトへサポートを開始。その活動の中心にいる和田幾久郎氏から話を伺いました。

常陸国ロングトレイルは、関東北端の茨城県北部、6市町にまたがる全長約200マイル/320kmのロングトレイルだ。ここにはどんな自然があり、どんな人々がいて、どんな文化があるのだろう? 「常陸国」のトレイルメンテナンスを担うキーパーソン和田幾久郎に、キリアン・ジョルネ・ファウンデーションとNNormalがその活動の価値について話を聞いた。

Meeting Ikuo Wada

常陸国ロングトレイルのプロジェクトの代表、和田幾久郎は、長い時間をフィールドで過ごしてきた。幼い頃、家族旅行と言えば父親に連れられて登山やスキーをすることだった。学生時代には、バックパッキングで海外を巡り、様々な人や文化を知った。それからバックカントリースノーボードやサーフィンも楽しみ、トレイルランナーとしても走り続けてきた。OSJ奥久慈トレイルではコースディレクターも務めている茨城のアウトドアの「玄人」で、地域に根差し、その土地の自然や人、文化に触れ続けてきた「常陸国」のキーパーソンだ。

OSJ奥久慈トレイルについて

はじまり

その和田が、茨城県にロングトレイルの構想を考えたのは、約8年前のことだ。茨城県の北部では、長らく地域振興が課題となっていたが、その施策として当時はキャンプイベントが行われることが多かったという。

イベントは盛り上がることも多いが、終わると当然ながら参加者は帰ってしまう。そこにはあまり残るものがなく、少し寂しい気分になった。
そんなとき、ハイカーとして、ときにランナーとして古道や廃道を進んでいると、里から里へ旅をしているような気分になった——これをもっと発展させて、新しいルートも含めて今までになかった県北エリアを周遊するロングトレイルを作るのはどうだろう。

そして、何度でも、いつでもその旅に出ることができる。そんなふうに考え始めたのがロングトレイルのプロジェクトのきっかけになった。

「常陸国」の風景

そう考えた和田は、2020年から茨城県を巻き込み、本格的に常陸国ロングトレイルの整備を始めた。ランナーやハイカー、コミュニティのメンバーが加わり、定期的に月に1-2度その活動を続けている——いま、その活動は800人を超えるメンバーが登録している「常陸国トレイルクラブ」として広がり、活動の成果としては、2025年春の段階で約85%の整備(約275km)が完了するに至っている。2025年〜2026年にかけて、いよいよ全線が開通する予定だ。

常陸国ロングトレイルの「C-29 鷹の巣山登山口」のサインを過ぎて、「トレイルクラブ」のメンバーと共に登りのトレイルに入ったときのことだ。和田はこんな話を聞かせてくれた。

「この辺りは、リンゴ栽培の南限で、お茶の栽培の北限なんです。茨城は昔の江戸に近かったこともあって、採れたものをすぐに江戸に持っていくことができた。だから、あえてリンゴやお茶をブランディングする必要もなかったんです。そういう訳で、茨城の作物は目立たないことも多いのですが、実は、この土地には豊かな植生や果樹、農作物、お米があるんです。このエリアを今日少し歩くだけでもそれが感じられるんですよね」

トレイルに入ると、うるしの木があるのも見える。非常に品質の高いうるしが有名だと言う。鷹の巣山からは、川が流れ、集落があり、人々がこの土地ならではの作物を作る様子が見える。トレイルの右側には杉の植林が見え、左側には手付かずの森がある。人と自然が共生してきた風景を、ほんの少しトレイルを進むだけで具体的に体験することができる。

そういったその土地ならではの自然や歴史がそこかしこにあるのが、常陸国ロングトレイルだ。それは、一過性のイベントや流行ではなく、ずっとそこにあり、これからも文化として受け継がれていく営みなのである

心の動き、ロングトレイルの魅力

長い距離や険しく、標高の高い場所を長期間に渡って進むスリルや楽しみは世界各地のトレイルにある。いっぽうで、常陸国は、人々を距離や標高、歩き方について「こうあるべき」という規範から解放してくれるような自由さがある。明確なスタートや劇的なゴールがあるわけではないが、だからこそこのトレイルに誰もが親しむことができるのだ。

東京から公共交通機関で約3時間で、常陸国ロングトレイルの中央エリアに入ることができる。北東部へも、南東部へも、南西部へも、電車、バス、タクシーなどを使って実に自由にアクセスできる。ある時は、生瀬富士の岩稜・通称「茨城のジャンダルム」へ、あるときはアップダウンを繰り返しながら進む「OSJ奥久慈」のレースコースへ、旅を続けることができる。常陸国ロングトレイルの楽しみを和田はこう続ける。

「色々とルートごとに魅力はありますが、例えば、NE区間の最後に、コースは太平洋側にひらけて、「浜街道」と呼ばれるセクションがあります。夜明け前にそこを歩くと、太陽が出る前に真っ青に空や海岸が染まってなんとも言えず本当に美しい。常陸国を歩いて、その時間にトレッキングしていないと見ることのできない、ロングトレイルならではの非日常の景色です」

改めて訊いた。では、そんな景色を見せてくれるトレイルをメンテナンスすることは、果たしてどういう意味を持つ営みなのだろう?

「トレイルメンテナンスは、自然環境を守り、受け継いでいくための活動ですが、それはやはり単なる”作業”ではないと思います。里から里へ巡ることで昔の人の生活や言い伝え、歴史的遺構のことがわかるようになる。今そこに暮らしている人々のことがもっとわかるようになる。そういう心の動きというか、小さな感動を、沢山味わうことができるのが、トレイルメンテナンスであり、常陸ロングトレイルを歩く魅力だと思います」

"トレイルの整備は、自然保護のためだけでなく、その土地とそこに住む人々を理解するための手段でもあります"

和田幾久郎

常陸国ロングトレイルプロジェクト代表

常陸国と「Restore the Trail」プロジェクト

常陸国ロングトレイルのプロジェクトは、「キリアン・ジョルネ・ファウンデーション(KJF)」がサポートしている取り組みの一つでもある。
世界でも有数の山岳アスリート、キリアン・ジョルネが中心となり、2020年にスタートしたこの財団は、「Restore the Trail」と名付けられたプロジェクトを通して、自然の資源の濫用、環境の劣化、気候変動による様々なリスクから山や自然環境を守るための活動を世界各地で支援している。NNormalとともに「1% for Planet」といった活動も含め、環境問題への取り組みを続けてきた。

生物学的にも、文化的にも「生き続けていく」トレイルをサポートするため、KJFは、2025年には、世界各地の6カ国でローカルのコミュニティのパートナーとなりトレイルメンテナンス活動を実施していくという。アジア、日本でもその活動を広めていくため、KJFは常陸ロングトレイルの*サポートを2025年からスタートしている。具体的には、2025年度は「トレイルクラブ」の主要メンバーに、メンテナンス活動のためのウェアとギア(NNormalのシューズとTシャツ)の提供を開始した。

トレイルで倒木を取り除き、積もった落ち葉をこの日参加した約15人のメンバーと掃いてトレイルを整備しつつ、和田は、常陸国ロングトレイルとKJFとの連携を念頭に起きながら、最後にこう語った。

「トレイルメンテナンスをやって、それを通して色々な気づきを得る。それは、”自分の心が動く”ということだと思うんです。誰かの目線で「いいね」をもらうためにやるのではなくて、知らなかったことがわかるようになる、見えなかった景色が見えるようになる。それによって、心が動いて、自分の目線で世界を体験していくことができる。そういう感覚が楽しいし、もっと広まっていくと良いと思っています」

常陸国ロングトレイルとKJFの活動は、トレイルの保全という物理的で目に見えること、歴史や文化という目に見えないものの確かに存在すること、そして、私たちの心が動き、内面が変化していくことという、豊かな意味を私たちに教えてくれている。

和田やそのチームのような、多層的な価値を生み出していく”Dors(当事者)”が各地で増えていくのが楽しみだ。

Photography by Hiroto Miyazaki

Share with a friend